Simply Red の Farewell Tour が終わった。Mick は最後に「Simply Read are no more!」と宣言して会場を去っていった。
僕の姉は狭い範囲ではとても有名な私立和光中学校に通っていて、その校風の影響か、マッチをあっという間に卒業して洋楽ばかりを聞くようになった。うちは神奈川県で、TVK テレビ神奈川がバッチリ入るので、学校から帰って見る番組といえば Music Tomato や Funky Tomato だし Billboard Top 40 だった。後にミュートマジャパンとかできて、尾崎豊とかいう青年の PV が流れるのも見た気がするし、米米CLUBがファントマ専属みたいな感じで I Can Beを演奏するのも見ていたが、メインは洋楽。
僕も姉の後を追って和光中学校に入ってからだったかなあ、もしかしてまだ小6のときだっただろうか、TVK で初めて Money's Too Tight のPVを見たのは。
Men And Women の曲はイマイチだったけど、順調に中学校のヤンチャな校風にもなれ、愛読誌は POPEYE だった僕には、当時まるで手が届かない Paul Smith のスーツを着て歌い踊る Mick に夢中だった。POPEYE の、確か London Calling だかいうタイトルのコラムにも取り上げられて Red Hair-ed Soul なるラベルをはられていたっけ。そういえば Jesus And Mary Chain を知ったのも POPEYE だったなあ。
とにかく、New Flame ときて Stars へと続く Simply Red スターダムへの道を、14歳からずっと追いかけたのだ。大学に入ればそのときの、会社に入ればまたそのときの、僕のそれぞれの時期のテーマソングに Simply Red の曲は必ず使われていた。結婚式の2次会では乾杯直後に Fairground をかけてもらった。Angel、Say You Love Me、So Not Over You。
とにかくとにかく、あれから25年、僕は39歳になった。僕の30代最後の年に、Mick は東京に来てくれた。チケット発売のとき、9月後半という日付を見て、僕はそのとき日本にいないつもりだったので、チケットは買わなかった。見に行ってガラガラだったら Mick にあわせる顔がないし。
でも9月になってみたら、僕は日本にいた。あきらめていたチケットは、どうしてこういうふうに物事は転がるんだろうと、とても不思議になるような縁で、屋敷豪太さんの知り合いチケットとして僕の手に転がり込んできた。
最初で最後の、生の Mick。国際フォーラムは埋まらなかったけれど、DVD で見る外国のコンサートのように観客は盛り上がらないけれど、Heaven を聞いて僕の胸はもういっぱいだった。欲を言えば Sad Old Red をやってほしかったけど、でもいい。夢のような夜だった。
25年間僕にすばらしい音楽を届けてくれてありがとう。All I needed was the air that I breathed to love you. Adios Simply Red.
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